2015年 12月 05日
福島第一原発を視察する
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地元経済界の団体で、福島第一原子力発電所を視察してきました。 第一印象は、大分落ち着いたなという感じでした。 戦場のようだったJヴィレッジもすっかり静寂を取り戻しました。 なによりも大きな変化は、東京電力の方が丁寧で詳しく説明してくれたことです。 1年1年大きく変わっていきます。 2号機も、屋上部を壊して使用済み燃料を取り出すことが決まったようです。 (今回の写真は、同行した東京電力の方の撮影です。)

3号機も、使用済み燃料の取り出し用カバーの設置が進んでいました。 今回の視察では、この付近の線量が一番高く、瞬間270μシーベルト/毎時を記録しました。 さすがに、バスの車内は緊張感に包まれます。 事故直後は130mシーベルト/毎時ととても高く、人が居られないような場所でした。 バス車内は遮蔽されて線量が1/2に下がるようですから、実際には240分の1 まで下がったことになります。 こういった場所は、ガレキの撤去と除染の効果が大いにあったようです。

使用済み燃料プールからの燃料取り出しが完了した4号機の前は、40μシーベルト/毎時まで一気に下がりました。 2013年11月18日に開始、2014年12月22日には燃料取り出しが完了しています。

入退域管理棟で、簡易マスク、手袋、靴カバー、個人線量計を付けます。 私達のような構内専用バスによる視察者の装備は、これだけです。 (緊急用に防護マスクはバスに積まれますが。) またここに来るまでには、手荷物検査、金属探知機ゲート(ポケットの携帯電話でも反応しました)、身分管理ゲートを通過しました。

入退域管理棟前での記念写真。 途中ですれ違った人たちの表情も明るく、かなりの余裕を感じられるようになりました。 ここから、構内専用マイクロバスに乗っての視察となります。 バスの床や座席は、ビニルシートで覆われています。

7階建の休憩棟。 休憩室、食堂が設置されています。 窓がないのは、場所柄、やむをえないですね。 現在、シャワー室の設置工事が行われているそうです。

多核種除去設備、いわゆるALPSやサリーが置かれています。 高濃度汚染水の処理が一巡したことも、落ち着いた一因かもしれません。

所々に空間線量計が置かれています。 道路端には、「防護服不要区域」などと明示されています。

タンクも溶接形タンクに置き換えられています。 この鋼製円筒形タンクには、現地溶接と工場溶接があるようです。

評判の悪かった組立式のタンクは、順次、解体されています。

横置きタンクもお役目ご免です。 効率の悪そうなタンクまで動員されていたんですね。

地下水の汲み上げ用サブドレイン。 こうしてみると、一見、街の工事現場のようです。

タンクの漏水防止用の堰も、1mくらいにかさ上げされていました。

1号機の屋根カバーも取外されました。 ガレキ撤去にむけて、進みだしています。

こうした厳重に防御された建物を見ると、やはりここは過酷な事故を起こした第一原発だと思い起こされます。

Jヴィレッジ、第一原発間は、別の視察者専用バスで移動します。 座席や床は、やはりビニルシートで全面カバーされています。 いわき・仙台間の国道6号線は、現在、一般車の通行も可能です。 道路の脇には、除染ででた廃棄物が所々に仮置きされています。

楢葉町役場前の「ここなら商店街」。 漫画「イチエフ」を描いた竜田一人氏は、「武ちゃん食堂」のニラレバ炒めと「おらほ食堂」の柑橘ソフトクリームを推奨しています。

福島第二原発に向う道路です。 震災時には、国道6号線はこのあたりで数百mにわたり崩落、通行不能となりました。 北の南相馬市小高付近は、津波で冠水。 6号線、県道山麓線と、南北に走る道路はほとんど利用できませんでした。

震災廃棄物の焼却工場。 1歩1歩、復興しています。

といいながらも、帰還困難地域では震災の爪あとがまだまだ残っています。 それでも、間違いなく前進している被災地です。 この日の私の被爆量は8μシーベルトでした。 通常より、6μシーベルト多く被爆したことになります。 因みに、関空からソウルに飛ぶと、5μシーベルトの被爆だそうです。

平成27年12月2日付 福島民報

平成27年12月3日付 福島民報社の現地取材記事が掲載されました。

[A記]
南相馬市の「奇跡の一本松」 放射線線量測定ロボット
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by aizu-shirokiya
| 2015-12-05 12:58
| 旅行
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